クレド・バリュー設計の実践──理念を“言葉”から“行動”へ落とし込む方法
文化を定着させる上で欠かせないのが、理念を「行動の指針」に翻訳する仕組み。
その中心にあるのが、クレド(Credo)とバリュー(Value)です。
どちらも“組織の信条”を言語化したものですが、設計の目的と運用方法には明確な違いがあります。
定義整理
・クレド:組織が「どうありたいか」を示す“信念の言葉”
・バリュー:その信念を日常で実践するための“行動の基準”
クレドは「理念の心臓」、バリューは「行動の血流」。
どちらも組織の文化を形にするために欠かせない両輪です。
ここでは、クレド・バリュー設計を成功させるための4つの実践ステップを紹介します。
① 理念から「体温のある言葉」を抽出する
最初のステップは、経営理念やミッションを“体温のある言葉”に置き換えること。
多くの企業がここでつまずくのは、「きれいすぎる言葉」にしてしまうことです。
たとえば、 「お客様の満足を第一に考える」──よく聞く言葉ですが、行動に結びつきません。
それよりも、「お客様の“ありがとう”を集める」や「想定外を喜ばせる」といった、
感情が動く言葉の方が、社員の意識を変えます。
バリュー設計のコツは、“社員が口にしても違和感のない言葉”にすること。
経営者が語る理想を社員の言葉に翻訳できるかが、文化定着の分岐点です。
SmartHR 宮田昇始 氏
「やってみよう」「人にやさしく」などの言葉は、
社員が日常で使う“共通語”として自然に浸透していった。」
理念を翻訳するときは、「社長の言葉」ではなく「社員の会話」になるまで磨く。
② 「行動文」に落とし込む──バリューは“行動の姿”で書く
次に、抽象的な理念を「行動文」に変換します。
“何を大切にするか”ではなく、“どう行動するか”を明文化するのです。
たとえば、リッツ・カールトンのクレドカードには、
「お客様の言葉にならない願望を察し、それを叶える」
という一文があります。
理念を“実践の姿”で描くことで、現場の判断が統一されるのです。
バリューを設計する際は、以下のような3階層を意識すると整理しやすいです。
バリュー3階層モデル
理念(Why):何のために存在するのか
原則(What):何を大切にしているのか
行動(How):日常でどう振る舞うか
この「How」まで具体化できたとき、初めてバリューは“行動指針”になります。
曖昧な理想を、現場で再現できるレベルまで細かく描くことが、文化浸透の鍵です。
例えば、「挑戦を称賛する」というバリューなら、 ✅ Slackで失敗共有を称える絵文字を作る ✅ 週次MTGで「今週の挑戦」を全員が発表する といった具体的行動までセットで定義すると良いでしょう。
③ 「仕組み」に埋め込む──バリューを制度化する
言葉を作って終わりではなく、組織のあらゆる仕組みに“バリューを溶かし込む”ことが重要です。
ここでよくある失敗は、「クレドカードを配っただけ」で終わってしまうケース。
文化は儀式と制度の中で初めて生きます。
SmartHRでは、採用面接・評価面談・1on1・Slackの運用方針など、
すべての人事プロセスに「3つのバリュー」を組み込んでいます。
たとえば面接時には、「やさしさ」をどう体現してきたかを具体的に聞く。
評価時には、「やってみよう」の姿勢が見られたかを振り返る。
このように制度が文化を支える構造を作っています。
また、Sansanのように「わざわざ賞」を設けることで、
文化的行動を称賛する仕組みを整えている企業もあります。
文化は、“褒める設計”によって強化されるのです。
仕組みに埋め込む例
・採用基準:カルチャーフィット面接項目を追加
・評価制度:バリュー体現度を評価軸に組み込む
・社内表彰:「文化を体現した行動」を毎月称賛
・会議文化:議題に「今回の決定はどのバリューに沿うか」を加える
これらの小さな設計を積み重ねることで、文化は制度から「日常の自然言語」に変わっていきます。
④ 「語り続ける」──クレドを呼吸する組織をつくる
文化は作った瞬間ではなく、“語られ続ける”瞬間に育ちます。
だからこそ、クレドやバリューは常に現場で再定義され、語り直される必要があります。
サイボウズでは、半期に一度「チームワーク総選挙」を開催。
社員が互いに“クレドを体現した仲間”に投票します。
これにより、クレドがポスターではなく“共感の物語”として共有されています。
リーダーが会議や1on1の冒頭で、「今日はどのバリューを意識して行動した?」と尋ねるだけでも、
クレドが“息づく言葉”に変わります。
サイボウズ 青野慶久 氏
「文化は、社員が“自分の言葉”で語れるようになったとき、初めて定着する。」
文化は情報共有ではなく、物語共有です。
「この行動がうちらしいよね」と語れる組織こそ、文化が生きている証です。
実践ヒント
・月例会で「バリュー体現エピソード」を共有
・経営陣のSlack投稿に「#CredoTalk」タグを付ける
・新入社員研修に「クレド物語共有セッション」を導入
⑤ クレドは“誓い”ではなく“共創”である
最後に、最も大切な考え方を共有します。
クレドとは「経営者が社員に守らせる約束」ではありません。
むしろ、「組織の全員で何度も作り直す約束」です。
スタートアップにおいて、文化は環境変化とともに進化し続けます。
だからこそ、クレドも更新可能な“生きた約束”でなければなりません。
メルカリでは、創業から数年おきに「Value Refresh」を実施し、
社員とともにバリューを再定義しています。
そこでは、「今のメルカリに必要な行動は何か?」を議論し、
現場主導で新しい表現が加わります。
文化は上から降ろすものではなく、みんなで耕すもの。
クレドは、組織が成熟するほど“問い”として機能していくのです。
クレドは「誓い」ではなく「対話の場」。
文化は“守るもの”ではなく、“育て続けるもの”。
それが、変化の時代に強いスタートアップの共通点です。
結論|理念を動かす“翻訳者”を組織の中に育てる
クレドやバリューの本当の価値は、言葉そのものではなく、
それを現場で“行動に翻訳できる人”が存在することにあります。
経営者の意図を社員の実践に変える──その“翻訳者”こそが、文化を動かす原動力です。
スタートアップが文化を強くするとは、立派な理念を掲げることではありません。
「理念を語り、行動に変え、次世代へ手渡す」その循環をつくること。
それこそが、真の意味でのクレド・デザインなのです。
組織文化の診断と変革──文化を「見える化」し、整流させる方法
文化を「良くしたい」と思っても、そもそも“何が良くて、何が滞っているのか”が見えなければ、変革は起こりません。
文化は目に見えないからこそ、言語化・構造化・対話によって可視化する必要があります。
この章では、文化を「感覚」ではなく「設計対象」として扱うための、3つの診断アプローチを紹介します。
理論的背景と実践例を交えながら、組織の文化を整流化する具体的な方法を見ていきましょう。
① シャインの文化三層モデルで“構造”を捉える
まず文化診断の原点といえるのが、MITのエドガー・シャインが提唱した「文化の三層モデル」です。
文化を氷山にたとえ、表面に見える部分と、見えない深層構造を明確に区別します。
シャインの組織文化三層モデル
アーティファクト(表層)… 行動・制度・オフィスデザインなど
バリュー(中層)… 組織で共有される価値観・理念・判断軸
ベーシックアサンプション(深層)… 無意識の前提・信念・世界観
このモデルの優れている点は、「見えるもの」から「見えないもの」を推定できることです。
たとえば、Slackで返信が極端に早い文化がある場合、
その背景には「スピード=誠実」という無意識の前提があるかもしれません。
文化を変えたいときは、表層の制度をいじる前に、この“前提のレイヤー”を探ることが大切です。
組織が信じている暗黙のルール──それを言語化することが、文化変革の第一歩です。
② デニソン・モデルで“成熟度”を測る
文化を構造的に捉えたら、次はその“状態”を数値的に把握します。
組織文化を測定する代表的フレームワークのひとつが、デニソン・モデル(Denison Model)です。
デニソンは文化を4つの象限で捉え、組織の“健康度”を可視化しました。
デニソン組織文化モデル(4象限)
Mission(方向性):ビジョン・戦略・目的の明確さ
Adaptability(変化対応):顧客理解・学習・イノベーション
Involvement(参画):チームワーク・権限移譲・自律性
Consistency(一貫性):価値観共有・調和・信頼
この4つのバランスを見ることで、組織文化の「強み」と「滞り」が分かります。
たとえば、Involvement(参画)が低い組織は、メンバーが“やらされ感”で動いている可能性が高い。
一方、Missionが弱い場合は、方向性が曖昧で“文化の羅針盤”を失っているサインです。
文化を変えるとは、この4象限の“バランスを取り戻す”こと。
どの領域が過剰で、どこが欠けているのかを把握すれば、取り組むべき施策が明確になります。
文化を“測定可能な概念”にしたことが、このモデルの大きな貢献です。
感覚ではなく、データをもとに文化を語ることで、経営議論の土台が生まれます。
③ キャメロン&クインの「競合価値フレーム」で“方向性”を整える
デニソンが「健康度」を可視化したのに対し、キャメロン&クイン(Cameron & Quinn)の
「コンピーティング・バリュー・フレームワーク(Competing Values Framework)」は、
組織文化の“方向性”を分類するモデルです。
4つの文化タイプ(Competing Values Framework)
Clan型(仲間文化):人間関係・協働・成長重視(例:サイボウズ)
Adhocracy型(創造文化):柔軟性・革新・挑戦重視(例:メルカリ)
Market型(成果文化):競争・スピード・目標達成重視(例:Sansan営業部門)
Hierarchy型(安定文化):ルール・効率・秩序重視(例:大企業や官公庁)
このモデルの特徴は、「良い文化・悪い文化」という二元論ではなく、
「自社に今、どの文化が必要か」を見極めるための“羅針盤”として使える点です。
スタートアップ初期は、創造性の高いAdhocracy文化が適していますが、
スケール期に入ると、Clan(チーム文化)やMarket(成果文化)とのバランスが必要になります。
フェーズに合わせて文化タイプをシフトさせる意識が、成長痛を防ぎます。
文化変革とは、“文化を捨てる”ことではなく、“文化の重心を移す”こと。
つまり、柔軟な文化マネジメントが重要なのです。
変革のポイント
初期:Adhocracy(挑戦)→ イノベーション重視
成長期:Clan(協働)→ チーム形成重視
拡大期:Market(成果)→ KPI文化へ移行
安定期:Hierarchy(安定)→ 品質・継続性重視
④ 「文化整流化」──バラバラな価値観を一方向に流す
診断を終えたら、次は文化の“整流化(Alignment)”です。
整流化とは、組織内の異なる価値観・温度・語りを、共通の方向へ流すプロセスのこと。
文化変革の多くが失敗するのは、「文化を変えよう」とするあまり、“整える”ことを忘れるからです。
文化整流化の第一歩は、「対話の場」を設けること。
全社員に一方的に理念を説明するよりも、「今のうちの文化ってどう感じる?」という
オープンな対話の方が、ずっと大きな変化を生みます。
特に、カルチャーデック(文化ブック)を配布した直後や、新クレド導入後には、
「文化フィードバックセッション」を行うのが効果的です。
💬 文化整流化セッション例:
1️⃣ 各チームで「いま誇りに思う行動」「変えたい行動」を共有
2️⃣ 全体で共通テーマを抽出(例:「挑戦」「やさしさ」)
3️⃣ そのテーマを強化する行動を再設計
→ “文化をみんなで育てるプロセス”を体験する。
このプロセスは、単なる意見交換ではなく、文化の再定義です。
“文化は語ることで強くなる”という原理を、構造的にデザインすることが重要です。
⑤ 「見える化」から「整流化」へ、そして「浸透」へ
文化変革を段階で整理すると、以下の3ステップにまとめられます。
文化変革3ステップ
可視化(See):文化を観察・言語化する(Schein)
整流化(Align):方向性を合わせる(Cameron & Quinn)
制度化(Embed):制度・評価に組み込む(Denison)
多くの企業が“Embed”から始めて失敗します。
文化を仕組み化する前に、“共通認識”がなければ、制度は空回りするのです。
文化は数値で管理するものではなく、「対話で整えるもの」。
数値化は“鏡”であり、“地図”ではありません。
地図を描くのは、現場の声とリーダーのストーリーです。
結論|文化を診断することは、組織の「心拍」を測ること
文化診断とは、組織を批評することではありません。
それは、組織の“心拍”を感じ取る営みです。
メンバーがどんな時にワクワクし、どんな時に息苦しくなるのか。
そのリズムを聴き取ることが、文化変革の出発点です。
文化は「変える」ものではなく、「調律する」もの。
そしてその調律が整ったとき、組織は自然と共鳴し始めます。
それが“文化の整流化”であり、持続的成長の礎です。
🪶まとめ:
・文化を「構造」で捉える(Schein)
・文化を「測定」してバランスを見る(Denison)
・文化の「方向性」を整える(Cameron & Quinn)
・そして、対話によって“心の流れ”を整流化する。
──文化変革とは、組織の魂のメンテナンスである。
「学習する組織」と文化──変化を生み出す知の循環構造
文化を“固定された理念”として捉える限り、組織は変化に弱くなります。
時代が変わり、事業が変わり、人が変わっても、学び続けられる組織──。
それを実現するカギが、ピーター・センゲが提唱した「学習する組織(Learning Organization)」の概念です。
本章では、学習する組織の5つのディシプリン(原理)を文化と結びつけながら、
組織文化がどのように「知の循環構造」を生み出すかを整理します。
① 「学習する組織」とは何か──知が流れる文化
センゲは『The Fifth Discipline(第五の修練)』で、
「学習する組織とは、人々が本当に望む結果を共に創り出す力を継続的に高めていく組織」だと述べています。
この考え方の中で、文化は「知の循環を支える土壌」として機能します。
単に“仲がいい”“雰囲気がいい”ではなく、
学びが共有され、挑戦が奨励され、失敗が資源化される文化。
それが、学習する組織の基本条件です。
つまり、文化とは「学習の速度を決めるインフラ」なのです。
💡ポイント:
固定された理念ではなく、「問いを共有する文化」へ。
文化は“守るもの”ではなく、“学びのために更新され続けるもの”。
② センゲの5つのディシプリンと文化の対応関係
センゲは、学習する組織を構成する5つの要素(ディシプリン)を提示しました。
この5つを文化形成の観点で読み解くと、以下のように整理できます。
学習する組織の5つのディシプリン × 文化の構造
自己マスタリー(Self Mastery) → 個人の学び・内省を支える「成長文化」
メンタルモデル(Mental Models)→ 無意識の思考習慣を可視化する「リフレクション文化」
共有ビジョン(Shared Vision) → 共通の未来像を描く「共感文化」
チーム学習(Team Learning) → 組織的対話による「協働文化」
システム思考(Systems Thinking) → 全体最適を目指す「統合文化」
文化が成熟していくとは、これら5つの学習原理が“日常の習慣”として根づくことです。
つまり、文化の成熟度とは学習の循環度でもあります。
③ 「個人の学び」が「組織の知」に変わる瞬間
多くの企業で、「学び」は個人に留まります。
しかし、学習する組織では、個人の発見がチームの知恵へと変換されます。
この変換を可能にするのが、「対話(Dialogue)」です。
センゲは、対話を「自分の考えを主張する場ではなく、互いの思考を観察し合う場」と定義しました。
つまり、意見交換よりも“理解の交換”を重視するのです。
たとえば、メルカリが行っている「Learn from Failure」Slackチャンネルでは、
個人の失敗が共有され、そこからチーム全体の知見が生まれます。
これは、個人の経験が“組織の資産”へ変換される仕組みそのものです。
💬 実践例:
・「週次ふりかえり」で“学び”をSlackで共有
・チームMTGで「今週の発見」を1人1分発表
・1on1で「気づきメモ」をシェアする → 個人の気づきを“みんなの知”にする文化が生まれる。
このように、文化が「共有学習の装置」として機能する時、組織は自ら進化し始めます。
④ 「安全な失敗」が文化を強くする
学習する組織には、必ず心理的安全性が存在します。
挑戦や失敗を恐れずに学ぶ環境がなければ、学習は止まります。
Googleの研究でも明らかになったように、
最も高パフォーマンスなチームの共通点は「心理的安全性」でした。
学びを支える文化とは、「間違っても大丈夫」と感じられる文化なのです。
サイボウズの「100人100通りの働き方」も、まさにこの延長線上にあります。
失敗や多様な選択肢を“否定しない文化”が、チームの学びを広げているのです。
青野慶久 氏(サイボウズ)
「失敗を否定しないことが、挑戦の回数を増やす。
挑戦が増えれば、学びの総量も自然に増える。」
学習する文化をつくるとは、「失敗を許す制度」ではなく「失敗を祝う習慣」を育てること。
文化はルールではなく、日々の反応で形づくられます。
⑤ 学習の循環を生む「リフレクション構造」
文化を“学習の循環構造”として設計する際、中心になるのがリフレクション(内省)です。
人と組織が経験から学ぶためには、「考えた時間」が不可欠だからです。
たとえば、トヨタ生産方式の「カイゼン」も、Googleの「Postmortem」も、
根底にあるのは「立ち止まって考える」文化。
スピードよりも、学びの質を重視する“反省の構造”が組織の持続性を支えています。
リフレクション構造の4ステップ
経験(Experience)… 実際に行動する
省察(Reflection)… 感じたこと・考えたことを言語化
概念化(Conceptualization)… 学びを原理やフレームに整理
実践(Experimentation)… 次の行動に反映
→ この循環が“学習文化”の血流となる。
この循環を組織全体で共有することで、
知が滞らず、絶えず更新される“進化する文化”が育ちます。
⑥ 学習する文化を育てるリーダーシップ──「問いかける力」
文化を学習型に進化させるために、リーダーが持つべき最も重要な資質は「問いの力」です。
指示ではなく、問い。答えではなく、対話。
リーダーが「なぜそう考えたの?」「何を感じた?」と問うた瞬間に、
部下の中で“内省”が始まります。
その一人の内省が、チームの学習に火をつけるのです。
ピーター・センゲ
「本当のリーダーとは、人々の中にある“より深い問い”を引き出す人だ。」
スタートアップやクリエイティブチームでは、
「問い合う文化」がイノベーションを生むエネルギー源になります。
文化を変えたいなら、まず“問いの質”を変えることから始めましょう。
⑦ 文化の最終形──「学ぶことが喜びである組織」へ
文化の進化の最終段階は、“学ぶことが報酬になる状態”です。
人が成果や評価のためではなく、純粋な探求心から行動する。
そのような文化を持つ組織は、永続的に成長し続けます。
SmartHRやメルカリのような企業が、
失敗を学びに変え、社員の好奇心を尊重する文化を築いているのはその象徴です。
そこでは、学びが“自己防衛”ではなく“自己表現”の手段になっている。
文化がここまで進化すると、組織は自律的に変化を続けます。
リーダーの役割は「教える」ことではなく、「環境を整えること」。
文化とは、学びを起こす環境そのものなのです。
🪶まとめ:
・文化は“学びの場”である
・個人の学びをチームの知に変換する
・安全な失敗と対話が文化を進化させる
・リーダーは答えを出す人ではなく、問いを育てる人
──文化は、守るものではなく、学び続けるもの。
「学習する組織」は、その文化を通じて未来を創り続けるのです。
まとめ──文化は創業者の影から“みんなの意思”へ
スタートアップの文化は、最初はたった一人の創業者の「影」から始まります。
その影は、創業者の信念、癖、言葉、沈黙、そして選択の積み重ねで形づくられます。
やがてその影が仲間に伝播し、習慣となり、語られ、次第に“文化”と呼ばれるようになる。
文化とは、そうして時間をかけて生まれた「人の痕跡」なのです。
しかし、文化が“創業者のもの”に留まっている限り、組織は永続できません。
文化が本当に強くなるのは、創業者の影から抜け出し、
社員一人ひとりが「自分たちの文化」として語れるようになったときです。
本章では、文化が“創業者の影”から“みんなの意思”へと進化するプロセスをまとめます。
① フェーズ1:文化は「行動の副産物」として生まれる
創業初期の文化は、言葉よりも行動で伝わります。
Slackの使い方、会議の雰囲気、意思決定のスピード──すべてが文化の断片です。
経営者が「何を褒め、何を許さないか」が文化の最初の輪郭になります。
このフェーズでは、文化を“つくる”のではなく“観察する”ことが大切です。
創業者が自らの行動を「鏡」として見直し、
チームが共有している価値観を早い段階で言語化することで、
文化の歪みを防ぐことができます。
💬チェックポイント:
・創業者が無意識に発している言葉は何か?
・「これがうちらしい」と言える行動はどれか?
・メンバーが“空気”で判断していないか?
文化は最初、意図せず形成されます。
だからこそ、意図的に観察し、早めに“言葉”へと翻訳しておくことが重要です。
② フェーズ2:文化は「言語と制度」で育つ
組織が成長し、人数が増えていくと、
文化は“空気”ではなく“構造”で支える必要が出てきます。
この段階で有効なのが、クレド(信条)やバリュー(価値観)の明文化です。
クレドは理念を体温のある言葉にし、バリューはそれを行動に翻訳する。
さらに、その行動を採用・評価・表彰などの制度に埋め込むことで、
文化は組織の血流となります。
このフェーズでは、文化の「言語化」と「制度化」をセットで進めることが重要です。
言葉だけでも、制度だけでも文化は定着しません。
その両方をつなぐ“日常の習慣”こそが文化を支える柱です。
文化定着の3要素
① 言語(クレド・バリュー)
② 制度(採用・評価・表彰)
③ 習慣(1on1・Slack・日々の対話)
→ この3つの“ズレ”を整えることが文化のマネジメント。
③ フェーズ3:文化は「整流化」によって再統合される
組織が30人、50人、100人と拡大していくと、
部門ごとに価値観や温度が異なる“文化の断層”が生まれます。
この段階で必要なのが、文化の整流化(Alignment)です。
整流化とは、「文化を統一する」ことではなく、
「異なる文化を共通の方向へ流す」こと。
そのためには、理念を“再対話”する場を設計することが重要です。
例えば、各チームで「うちらしい行動」を共有し、
全体で「この会社らしさとは何か?」を再定義する。
そうしたプロセスを通して、文化は“上から与えられた理念”ではなく、
“みんなで再発見する物語”へと進化します。
💬文化整流化の実践例:
・半期ごとの「カルチャーディスカッション」
・社内Miroで「誇りに思う行動」マップを作成
・全社会議で「文化体現者アワード」発表 → 理念を“再び語る”時間を意図的に設ける。
④ フェーズ4:文化は「学習するシステム」として循環する
文化の最終進化形は、“学ぶ文化”です。
失敗を恐れず、気づきを共有し、行動をアップデートできる。
その状態こそが、ピーター・センゲのいう「学習する組織」の実現です。
文化は静的な価値観ではなく、
変化を前提にした“学習のプラットフォーム”であるべきです。
SmartHRやメルカリ、サイボウズのような企業が成長し続ける理由は、
文化を“完成させるもの”ではなく“更新し続けるもの”として扱っているからです。
文化がここまで進化すると、社員一人ひとりが文化の“管理者”ではなく、
文化の“創造者”になります。
組織はもはや「文化を持っている」のではなく、「文化で動いている」状態になります。
文化循環モデル
行動 → 共有 → 学び → 再定義 → 新しい行動 →
このサイクルが自律的に回る組織が、真に“学習する文化”を持つ。
⑤ 文化の最終定義──「文化は意志であり、希望である」
文化とは、単なる習慣や雰囲気ではありません。
それは、「どうありたいか」という意志の集積であり、
「どんな未来を信じているか」という希望の表現です。
文化をデザインするとは、組織に“希望の形”を与えること。
だからこそ、文化の本質は経営戦略でもHR施策でもなく、
「人間をどう信じるか」という問いにあります。
創業者の影から始まった文化が、
一人ひとりの意志によって受け継がれ、再定義され、未来をつくっていく。
それが、現代の組織が目指すべき文化の成熟です。
ピーター・ドラッカー
「Culture eats strategy for breakfast.
文化は、戦略を朝食に食べてしまう。」
文化は戦略を超える。
それは、戦略が“計画”であるのに対し、文化は“信念”だからです。
そして信念は、困難な時にこそ強く輝きます。
最終まとめ
・文化は、最初は創業者の影から始まる
・やがて言葉と制度で形を持ち、
・対話によって整流化され、
・学びの循環として進化する。
──文化とは、組織の中に生き続ける「希望のエネルギー」である。
あとがき──文化をつくるのは「あなた」
文化をつくるのは経営者でも、人事でもありません。
「自分の行動が、この組織の文化を形づくる」と信じて動く一人ひとりです。
あなたがSlackで誰かを褒めた瞬間、
あなたが会議で沈黙を破って意見を言った瞬間、
あなたが“うちらしい行動”を選んだ瞬間。
その一つひとつが、文化の進化を支えています。
文化は過去の遺産ではなく、現在進行形の“創作”です。
創業者の影を受け継ぎながら、次の世代が新しい光を当てていく。
そうして文化は、企業の枠を超えて社会の中へ広がっていくのです。
──文化とは、組織の魂が未来へ歩き続けるための、最も静かで強い力。
そしてそれを動かすのは、いつだって「人」なのです。



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