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エイミーエドモンドソン(Amy Edmondson)とは

2025 10/24
心理的安全性 海外事例
2025年10月24日
チームが議論する様子を描いたイラスト。心理的安全性をテーマにした記事のアイキャッチ。
目次

1. エドモンドソンの人物像と貢献

エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edmondson)は、ハーバード・ビジネス・スクールの教授として、20年以上にわたり「チームがいかにして学習し、成果を上げるか」という問いに取り組んできた組織行動学の第一人者です。彼女が注目を集めたのは、抽象的なマネジメント論ではなく、現場レベルでのチーム内コミュニケーションや学習行動を科学的に可視化した点にあります。

学術的背景は少しユニークです。エドモンドソンはもともとハーバード大学で建築学を学び、その後、ペンシルベニア大学ウォートン校で組織心理学の博士号を取得しました。この異分野のバックグラウンドが、彼女の理論を特徴づけています。建築という「空間設計」の発想が、のちに彼女が語る「心理的安全性」という“見えない空間”の構築に深くつながっています。

博士課程時代には、組織学習の巨匠クリス・アージリス(Chris Argyris)のもとで学び、「組織がどのように間違いから学ぶのか」を探究しました。彼女の研究の出発点は、「なぜ人はミスを恐れるのか」「なぜチームは問題を隠すのか」という問いにあります。この実務的で人間的な関心が、のちに“心理的安全性”という概念の核心を形成することになります。

1999年、彼女が発表した論文 “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams”(Administrative Science Quarterly掲載)は、学術界・実務界の双方で大きな反響を呼びました。この論文では、医療現場や製造現場などの実際のチームを観察し、心理的に安全なチームほど、ミスや問題が多く報告されることを発見します。一見「悪い結果」のように見えるこの現象こそ、学習する組織の本質を示していたのです。

「ミスの少なさは優秀さの証ではない。
ミスを率直に共有できる関係こそが、チームを進化させる。」

— Amy C. Edmondson

エドモンドソンは、この発見をもとに、「チームのパフォーマンスは個々の能力ではなく、“話し合える関係性の質”によって決まる」と論じました。彼女の理論は、従来の「リーダーシップ論」や「動機づけ理論」とは一線を画し、組織の“対話構造”そのものをマネジメントの中心に置いた点で画期的でした。

代表的な著書である『The Fearless Organization』(邦題:チームが機能するとはどういうことか)では、心理的安全性を“恐れのない組織文化”として体系化し、企業が創造性と持続的成長を生み出すための実践フレームを提示しました。また、2023年の著書『Right Kind of Wrong』では、失敗を3分類(防げた失敗・複雑な失敗・知的な失敗)に整理し、「正しい失敗の仕方」という視点を提案しています。

エドモンドソンの理論の魅力は、「人を責めない」ことではなく、「人が責任を持って挑戦できる」状態を設計することにあります。つまり彼女の研究は、“ぬるま湯”ではなく“挑戦を支える安心”をどう組織内に生み出すか、という現実的テーマに焦点を当てています。

その後、Googleが社内調査「プロジェクト・アリストテレス」で「成果を上げるチームの共通点」を分析した結果、最も強く相関していたのがこの心理的安全性でした。これにより、エドモンドソンの理論は再び注目を浴び、世界中の企業・自治体・教育機関が「安全な対話がイノベーションの前提条件」であることを認識するようになりました。

つまり、エドモンドソンは、チームを「評価する単位」から「学習する単位」へと変換した人物です。彼女の理論は、心理学・社会学・経営学の枠を超え、組織開発(OD)の中核理論として広く引用されています。

まとめ: ・ハーバード教授であり組織行動学の権威。 ・“心理的安全性”の提唱者。 ・現場の対話を科学的に分析した実証派。 ・「恐れのない組織」「正しい失敗」の提唱者。 ・組織開発・人材育成の理論的基盤を築いた。

分類理論・モデル名概要・キーワード
① チーム心理理論心理的安全性(Psychological Safety)メンバーが罰や恥を恐れずに発言・質問・反対意見を表明できる状態。チーム学習の前提条件。
② 組織学習理論チーミング(Teaming)理論「固定チーム」ではなく、変動するメンバー構成の中で即興的に学習・協働するスキルを体系化。
③ 学習ゾーン理論Learning Zone Model(2×2モデル)「心理的安全性 × 目標・要求水準(Accountability)」の2軸で、4つの組織状態を分類。理想は右上の「学習ゾーン」。
④ 失敗理論Right Kind of Wrong(失敗の3分類)失敗を「防げた/複雑な/知的な失敗」に分類。学びを生む「知的な失敗」を推奨。
⑤ 実践モデルFraming → Inviting → Responding心理的安全性を高める3ステップ行動モデル。リーダーが対話の枠を定義し、発言を促し、反応で信頼を強化する。
⑥ 組織変革論学習する組織への移行フレームSengeやArgyrisらの理論を実践レベルに落とし込み、組織を「防衛的学習」から「実験的学習」へ変える枠組み。
⑦ 安全文化理論医療・製造現場における安全文化(Safety Culture)研究医療ミス・製造エラーの報告文化に着目し、「安全は沈黙の敵」と論じる。安全文化と心理的安全性を統合。

2. 心理的安全性の定義と、よくある誤解

「心理的安全性」という言葉はここ数年、日本のビジネスシーンでも急速に広まりました。しかし、その意味が正しく理解されているとは言い難い状況です。多くの組織で「優しい職場をつくること」や「メンバーが傷つかないようにすること」と混同されており、結果的にぬるま湯のような組織文化を生み出してしまうケースもあります。

エイミー・エドモンドソンが1999年に発表した論文(Administrative Science Quarterly)での定義は非常に明確です。心理的安全性とは、「罰や恥の恐れなく、メンバーが発言・質問・提案・ミス共有できるチームの状態」のこと。つまり、組織の“優しさ”ではなく、“学習と挑戦を促す土台”を意味します。

心理的安全性が高いチームでは、メンバーは「間違っているかもしれないけど話してみよう」と思えます。一方、低いチームでは「黙っていた方が安全」と判断し、情報共有やアイデア提出が抑制されます。この違いは、学習速度やイノベーション発生率に直結します。

2-1. 心理的安全性の目的は「ぬるさ」ではなく「学び」

心理的安全性の目的は、全員が居心地よくなることではありません。エドモンドソンは、「安全」と「挑戦」は対立概念ではなく、両輪として共存すべきものだと繰り返し述べています。

  • 安全:発言や質問、失敗の共有が罰せられないこと。
  • 挑戦:高い目標に向けて、仮説検証や新しい方法を試すこと。
  • 両立:意見を出しても非難されず、同時に高い基準で成果を求められる環境。

心理的安全性があることで、失敗や問題が早期に共有され、学習が加速します。逆に「沈黙」が常態化すると、問題が隠され、後になって大きな損失として表面化します。トヨタ生産方式の「アンドン(異常停止)」のように、早く言える環境がリスクを減らすのです。

2-2. よくある3つの誤解

  • 誤解①:心理的安全性=仲良しチームづくり
    → 目的は「関係の良さ」ではなく「建設的な対話」。心地よさだけを重視すると、対立が避けられ、学習が止まります。
  • 誤解②:心理的安全性=失敗を許す文化
    → 単なる「寛容」ではなく、失敗を「学びに変える」仕組みがセット。防げる失敗は削減し、未知の挑戦で得られる失敗は共有します。
  • 誤解③:心理的安全性=リーダーの優しさ
    → 安全を生むのは、リーダーの「共感」だけでなく「明確な枠づけ」。Framing(目的共有)によって、メンバーが安心して意見できる構造が生まれます。

特に日本企業では、上下関係や同調圧力が強く、「空気を読む」文化が心理的安全性を阻害する要因となります。つまり、リーダーがどれほど優しくても、発言が歓迎されない「場の構造」のままでは効果が出ません。

2-3. 成果につながる「安全」と「目標」の両立

エドモンドソンは、成果を出すチームの条件を「高い目標(Challenge)×心理的安全性(Safety)」と明確に定式化しています。目標が高いだけではメンバーが萎縮し、安全だけでは成長が止まります。両者が掛け合わさった領域が、彼女の言う“Learning Zone(学習ゾーン)”です。

このバランスを取るには、リーダーがまず「安全」と「挑戦」を同時に言語化することが重要です。例えば、会議の冒頭で以下のように伝えると、メンバーは挑戦への心理的ハードルを下げることができます。

例:「このプロジェクトは未知の領域です。失敗を恐れず、仮説で進めましょう。もし間違っていたら早く気づいて修正すればいい。それが最速の学び方です。」

このような発言を「Framing(枠づけ)」と呼びます。リーダーが最初に前提を明示することで、メンバーは「意見を出しても安全」と判断し、組織全体の学習スピードが上がります。

2-4. まとめ:心理的安全性=“優しさ”ではなく“成長のための構造”

心理的安全性とは、メンバーの感情を守る仕組みではなく、チームが挑戦と学習を続けるための社会的インフラです。発言が歓迎されるだけでなく、発言によって次の行動が変わる。そんな循環を支える環境こそが、エドモンドソンのいう「Fearless Organization(恐れのない組織)」です。

次章では、この「安全と挑戦のバランス」をどのように設計するかを、エドモンドソンが提示する4象限モデル(Learning Zone)を使って整理します。

3. 学習ゾーン理論(Learning Zone Model)

エドモンドソンの代表的な理論の一つが「学習ゾーンモデル(Learning Zone Model)」です。このモデルは、チームが成果を生み出す上で、心理的安全性と挑戦水準(責任・目標意識)の両方がどのように作用するかを示したフレームワークで、心理的安全性の概念を「行動レベルで設計可能なモデル」へと発展させたものです。

3-1. 2つの軸でチームの状態を整理する

学習ゾーンモデルは、縦軸に「目標水準(課題の高さ・アカウンタビリティ)」、横軸に「心理的安全性」をとり、チーム状態を4つの象限に分類します。目的は、チームがどの位置にあるのかを可視化し、理想的な右上=Learning Zone(学習ゾーン)へ移行することです。

  • 高目標 × 高心理的安全性 → Learning Zone(学習ゾーン)
    挑戦と安心が両立。仮説・検証・対話が循環する。
  • 高目標 × 低心理的安全性 → Anxiety Zone(不安ゾーン)
    プレッシャーは強いが沈黙が支配。萎縮・報告隠しが起こる。
  • 低目標 × 高心理的安全性 → Comfort Zone(安心ゾーン)
    雰囲気は良いが挑戦不足。成長・改善が止まる。
  • 低目標 × 低心理的安全性 → Apathy Zone(無関心ゾーン)
    無気力・他人事化。学習も成果も起こらない。

この図は、心理的安全性を「ゴール」ではなく「手段」として捉えるための重要な視点を与えます。右上の学習ゾーンに行くためには、単に「安心」を高めるだけではなく、高い目標や挑戦的な課題設定をセットで与える必要があるのです。

3-2. 4象限の行動特徴とマネジメント対応

エドモンドソンは、この4象限を「チーム学習行動の温度計」として用いました。以下にそれぞれの特徴とマネジメント上の介入ポイントを整理します。

ゾーン行動特徴マネジメント上の打ち手
学習ゾーン
(High Challenge × High Safety)
仮説共有・実験・反省が自然に行われる。
失敗からの学びが早い。
検証サイクルを制度化。
リーダーが「不確実性」を言語化し続ける。
不安ゾーン
(High Challenge × Low Safety)
上からの圧力で萎縮。報連相が遅れる。
「責められないこと」が優先される。
Framing宣言で目的を「学び」に再設定。
反対意見を歓迎する合図を出す。
安心ゾーン
(Low Challenge × High Safety)
仲は良いが停滞。議論に深みがない。
新しい挑戦を避ける傾向。
四半期ごとに「小さな挑戦目標」を設置。
Try数・改善数をKPIに導入。
無関心ゾーン
(Low Challenge × Low Safety)
主体性・責任意識の欠如。
報告も提案も起こらない。
成功・失敗共有会で関心の回復。
役割再設計・関与範囲の明確化。

このように、学習ゾーン理論は単なる分類ではなく、組織の現状診断と改善行動を導くためのマップとして機能します。マネジャーは自チームがどの象限にいるのかを客観的に捉え、右上に向かうための「安全設計」と「挑戦設計」を同時にデザインすることが求められます。

3-3. 学習ゾーンに移行するための実践3ステップ

  • Step 1:Framing(枠づける)
    チームの目的を「正解探し」ではなく「学習と改善」と明確に定義する。リーダーが「未知」を口にする。
  • Step 2:Inviting(参加を促す)
    質問・反対・提案を具体的に招待する。「懸念を2つ挙げて」など数を指定する。
  • Step 3:Responding(肯定的に反応する)
    Thanks→Thus→Tryの型で反応し、発言を行動に変える。

これらのステップは次章で紹介する「実践モデル」とも直結しています。心理的安全性の向上と挑戦水準の引き上げを同時に行うことが、学習ゾーンを維持する鍵です。

3-4. 図で理解する:Learning Zone 2×2チャート

この理論を視覚的に理解するには、2×2のマトリクス図を作成すると効果的です。横軸に「心理的安全性(低→高)」、縦軸に「目標水準/課題の高さ(低→高)」をとり、右上の象限に「Learning Zone」を配置します。

推奨alt: 心理的安全性と目標水準の関係を示す4象限図(Learning Zone Model)

デザインメモ(Canva/DALL·E生成用)
横軸:心理的安全性(低→高)
縦軸:目標水準(低→高)
象限:
左下=無関心ゾーン(グレー)/右下=安心ゾーン(青)/左上=不安ゾーン(赤)/右上=学習ゾーン(黄〜オレンジ)
タイトル:「心理的安全性 × 目標水準:4つのチーム状態」

3-5. まとめ:安心と挑戦の両立が学習を生む

学習ゾーン理論は、「安全であること」と「高い期待をかけること」は対立しないという前提に立っています。むしろ、両者を同時に高めることでチームの学習速度とイノベーションが最大化されるのです。安心だけでは停滞し、挑戦だけでは萎縮する。両者の交差点こそが成長の場です。

要点まとめ:

・心理的安全性 × 目標水準の2軸でチーム状態を把握する。

・理想は右上の「学習ゾーン」。挑戦と安心の両立が鍵。

・Framing/Inviting/Respondingで移行を支援する。

・リーダーの言葉と制度設計が文化変化の起点となる。

4. 日本企業の落とし穴と介入設計:沈黙文化をどう変えるか

心理的安全性を日本の組織で高めようとすると、必ず壁になるのが「沈黙文化」と「上下関係の強さ」です。会議で誰も発言しない、上司の意見に誰も異を唱えない、問題を事前に察知しても共有されない──これらは多くの企業で共通する構造的課題です。

エドモンドソンが提唱した心理的安全性は「個人の勇気」ではなく、「組織の設計」です。日本では“気遣い”や“和”を重んじる文化が根強く、発言のリスク(空気を乱す・上司の顔を潰す)を強く意識します。つまり、沈黙は怠慢ではなく“防衛的行動”なのです。したがって、求められるのは「勇気を出せ」ではなく、「発言しても安全だと明示されている場づくり」です。

4-1. 萎縮を生む構造:日本型組織の3つの壁

  • 1. ヒエラルキーの壁
    上司の意見が“正解”として扱われやすく、議論が「承認」を求める場になりやすい。部下は“確認待ち文化”に陥る。
  • 2. 同調圧力の壁
    多数派に逆らうことを避ける空気が強く、沈黙が「賢明な選択」とされる。これにより、早期のリスク共有や問題提起が遅れる。
  • 3. 恥の文化の壁
    失敗を“人格的な欠陥”と結びつける傾向がある。ミスの報告が「謝罪」や「弁明」になり、学びの題材として扱われない。

これらの壁を取り除くには、個人の意識改革ではなく構造的なルール設計が有効です。次に紹介する3つの介入が特に効果的です。

4-2. 実践介入:3つの構造デザイン

  • (1) 発言ローテーション制
    毎回の会議で“最初に話す人”を固定せず、順番をローテーションする。発言機会の不均衡を可視化するだけでも心理的障壁が下がる。
    👉 一例:「毎週、開発メンバーから先にアイデアを3つ共有」
  • (2) 反対役(デビルズ・アドボケイト)の明示
    会議ごとに「反論・懸念を出す担当」を決めておく。これにより反対意見が“役割”として扱われ、個人攻撃にならない。
    👉 一例:「今日のディスカッションでは、山田さんが“批判担当”です」
  • (3) 失敗共有の定例化
    週次・月次で「うまくいかなかったこと」だけを共有する場を設ける。リーダー自身が“自分の失敗”を先に話すことで安全が生まれる。
    👉 一例:「今週の“Right Kind of Wrong”を3件共有」

こうした介入を通じて、「発言=リスク」から「発言=役割・貢献」という意識転換を起こすことがポイントです。特に反対意見や懸念を出すことを「チームの品質向上に貢献する行為」と再定義することが重要です。

4-3. 企業事例:日本での心理的安全性の取り組み

  • トヨタ自動車:
    現場での「カイゼン報告」を奨励する文化が心理的安全性を支えている。ライン作業員が“異常を見つけたら止める権限”を持つ「アンドン制度」は、まさに発言の安全を制度化した例。これにより、改善提案件数が年間100万件以上に達する。
  • 日立製作所:
    部門間のサイロ化を防ぐために“ラーニング・サークル”を導入。メンバーが上下関係を越えて課題を共有し合う仕組みを制度化。最初は「何を話していいかわからない」という声が多かったが、半年後には“質問・相談がしやすい空気”が可視的に増加。
  • Sansan株式会社:
    「失敗の共有会(Fail Conference)」を開催。あえて“やらかし”を公に語る場をつくり、そこから学びや再発防止策を全社で共有。発表者は賞賛され、参加者が「失敗しても大丈夫」と体感できる文化づくりを行っている。

これらの事例に共通するのは、制度・仕組みで“安全”を保証している点です。心理的安全性はスローガンではなく、ルールと運用によってのみ定着します。リーダーが「発言しても罰せられない」ではなく、「発言が求められる」文化を示すことが重要です。

4-4. 導入のステップと測定指標

  • Step1:会議オープナーを変更する
    → 「今日の目的は“正解探し”ではなく“発見”です」など、Framingの明文化。
  • Step2:観察項目を設定する
    → 「誰が発言したか」「どの意見に感謝を伝えたか」をチェック。毎週のレビューで振り返る。
  • Step3:チーム単位で成果を可視化
    → サーベイ10問に加え、「懸念・提案・反対意見」件数を半年単位で追跡。

これにより、組織全体が「対話の量」と「学びの質」の両面で進化します。 心理的安全性は単なる“空気づくり”ではなく、“行動が変わる設計”として根付かせることが肝要です。

5. 海外企業の実践事例と学び:心理的安全性が生み出す“挑戦する文化”

心理的安全性の概念はエドモンドソンの研究を起点に、欧米企業でも急速に普及しました。特にハイテク・航空・医療の分野では、「失敗を隠さない文化」が生産性・安全性・イノベーションのすべてに直結することが実証されています。ここでは代表的な3社の取り組みを紹介します。

5-1. Google|Project Aristotle:最も生産性の高いチームの共通点

Googleが2012年に社内で実施したプロジェクト「Project Aristotle」は、180チームを対象に生産性要因を分析した大規模調査です。結論は意外にも、スキルや知識よりも“心理的安全性”の高さが成果を決定づけるというものでした。

  • 心理的安全性が高いチームほど、アイデア提案・課題指摘・サポート依頼が活発。
  • リーダーが「間違いを認める」「質問を歓迎する」ことで発言量が2倍以上に。
  • 会議では「全員が発言する時間の均等性」が成果と最も強く相関した。

Googleでは以降、「Check-in(今の気分を一言で)」や「誰かの提案に一言感謝を伝える」などの仕組みを導入。テクノロジー企業であっても、人間的な信頼がイノベーションを支えることを可視化した象徴的事例です。

5-2. Pixar|ブレイントラストと“失敗からの創造”

Pixar Animation Studiosは、“心理的安全性の文化”をスタジオ運営の中核に据えています。同社では制作途中の映画をチーム全体で見せ合い、全員が率直に意見を言い合う「ブレイントラスト」という会議を行っています。

  • 批評は“作品に対してのみ”行い、個人攻撃を一切しない。
  • ディレクター自身が「自分の作品を壊してくれ」と発言する文化。
  • 失敗したプロジェクトも“学習の成果”として次作に資産化される。

Pixarの共同創業者Ed Catmullは著書『Creativity, Inc.』で、「失敗を防ぐより、学びを早くすることのほうが重要だ」と述べています。これはまさにエドモンドソンの提唱する“知的な失敗”の概念と一致します。

5-3. NASA|“ミスを共有できる組織”への転換

NASAでは、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故をきっかけに、組織文化そのものを再設計しました。事故の原因は技術的ミスだけでなく、“現場の懸念が上層部に伝わらなかった”心理的安全性の欠如にありました。

  • 「技術的完璧さ」よりも「懸念を口にできる文化」を最優先に再構築。
  • 会議で全員が“Go / No-Go”を明示的に発言する仕組みを導入。
  • 上司が率先して「I was wrong.」と口にする訓練プログラムを実施。

この改革により、NASAは「無謬(むびゅう)の文化」から「報告・修正・学習の文化」へと転換しました。以降のプロジェクトでは、ミスの早期検出率が大幅に改善し、再発防止コストも減少しています。

58-4. 共通する3つのキーワード

Google・Pixar・NASAという異業種の3社に共通するのは、「安全な対話がイノベーションを生む」という確信です。心理的安全性は“甘さ”ではなく、“挑戦を支える社会構造”。学びを早く回すためのインフラとして、いまや世界中で再注目されています。

6. エイミー・エドモンドソン関連資料と研究の軌跡

心理的安全性という概念は、1990年代以降の組織行動研究の中で、エドモンドソンによって体系化されてきました。ここでは、主要論文・著書・インタビュー・動画講義など、彼女の理論を理解するうえで必読の資料をまとめます。

6-1. 代表論文

  • Edmondson, A. (1999). “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.” Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
     → 心理的安全性の概念を初めて定義した論文。チーム学習行動との関係を実証。
  • Edmondson, A. (2002). “The Local and Variegated Nature of Learning in Organizations.” Organization Science, 13(2), 128–146.
     → 組織学習を「現場ごとに異なるプロセス」として捉えた研究。
  • Edmondson, A., & Lei, Z. (2014). “Psychological Safety: The History, Renaissance, and Future of an Interpersonal Construct.” Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 1, 23–43.
     → 心理的安全性の研究史を整理した総説。最新の研究動向への橋渡し的論文。

6-2. 主要著書

  • The Fearless Organization(2019)
     邦訳:『チームが機能するとはどういうことか』(英治出版)
     → 「失敗を恐れない組織」を実現するリーダーの行動原則を整理。Googleなどのケースを紹介。
  • Teaming(2012)
     → 「チーム」という固定的単位ではなく、プロジェクトベースで“学習する関係性”を構築する概念を提唱。
  • Right Kind of Wrong(2023)
     → 「失敗の3分類」を明確にし、“学びを生む失敗”の設計論を提示。TED Talkとも連動した近年の代表作。

6-3. TED講演・動画資料

  • How to turn a group of strangers into a team (TED, 2017)
     → チーム形成初期に必要な心理的安全性と信頼構築の原則を語る人気講演。
  • The Fearless Organization | Harvard Business School (YouTube)
     → 書籍『Fearless Organization』の内容を本人が解説。
  • The right kind of wrong (TED, 2023)
     → 失敗を「良い・悪い・複雑」に分けて理解する最新講演。

6-4. 関連研究者・理論との連関

  • Edgar Schein: 組織文化・リーダーシップ理論の源流。心理的安全性を文化変革の前提条件と位置づけた。
  • Chris Argyris: ダブルループ学習理論。組織が「防衛的思考」から抜け出すための基礎概念を提示。
  • Peter Senge: 『学習する組織』の著者。チーム学習・システム思考の実践と親和性が高い。
  • Karl Weick: Sensemaking理論。曖昧さの中で意味づけを行うプロセスを説明。

6-5. 日本語で学べる関連資料

  • 『心理的安全性のつくりかた』(石井遼介/日本能率協会マネジメントセンター)
     → 日本組織への適用事例が豊富で、Google研究との橋渡しに最適。
  • Harvard Business Review(日本版)特集「心理的安全性が組織を変える」(2020年)
     → エドモンドソン本人インタビューと国内企業の実践例を収録。
  • 経済産業省『心理的安全性ガイドライン』(2022年)
     → 政府主導で作成された実務ガイド。リーダー行動・組織指標・測定方法を整理。

心理的安全性は単なるバズワードではなく、25年以上にわたる研究と実証に基づく理論体系です。エドモンドソンの著作を原典からたどることで、「安全に挑戦できる組織」とは何かをより深く理解することができます。

心理的安全性 海外事例
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